はじめに
イスラム教とは何か――多様な宗派に分かれた今、その本質を掴むことは非常に難しい。
イスラム教は、唯一神アッラーへの絶対的帰依を中核とし、預言者ムハンマドを最後の使徒として、その啓示を記したクルアーンを最高の聖典とする一神教である。
この神観と啓示観はすべての宗派に共通し、信仰の基盤を形成している。
さらに、神の意志に従う倫理観や、信徒共同体(ウンマ)への帰属意識もまた共通して重視され、個人の信仰と社会的連帯を不可分のものとしている点に特徴がある。
法や規範の解釈には差異が見られるものの、シャリーアに代表されるように、宗教と生活を一体的に捉える姿勢は広く共有されている。
本稿は、誤解を恐れず、イスラム教の本質を掴むために役立つ情報を提供することを目的とする、概論的な記事である。
主な宗派
ここでは、スンナ派、シーア派、ハワーリジュ派について述べる。
発端
632年、ムハンマドが死去した。
その後、実力のある有力者が統治者となる正統カリフ時代が始まり、領土の大拡張を行った。
その過程で、利権をめぐり、多数派と少数派の対立が生じた。
多数派は、これらの有力者による統治を許容した。
多数派は後のスンナ派の起源となった。
少数派は、ムハンマドの従兄弟かつ娘婿であるアリーこそが正統な後継者であると主張した。
少数派は後のシーア派の起源となった。
656年、第3代カリフ・ウスマーン(ウマイヤ家)が暗殺され、アリーが第4代カリフとなった。
有力者であるシリア総督ムアーウィヤはこれに反発した。
多数派と少数派が対立し、イスラーム共同体は内乱状態に入った。
657年、アリーとムアーウィヤは戦ったが、仲裁によりその争いは決着しなかった。
妥協的なアリーの姿勢を不服とし、少数派から離脱した者たちは、ハワーリジュ派の起源となった。
スンナ派
指導者は共同体の合意によって選ばれるべきとする立場。
スンナ派は早い時期に成立したわけではない。
7世紀以降〜11世紀頃にかけて徐々に確立されていった。
法学派と神学派
イスラム教における法学派と神学派は、もともと明確に分離して存在していたわけではなく、徐々に役割分化していった学問領域である。
両者の関係は、「具体的な生活規範や法的判断を導く営み」と「信仰内容を理論的に説明・防衛する営み」という相補的な位置づけにある。
法学は、7世紀から、クルアーンと預言者の言行(スンナ)に基づいて、礼拝や商取引、婚姻など日常生活の規範を定める必要から発展した。8〜9世紀頃には、ハナフィー派・マーリク派・シャーフィイー派・ハンバル派といった、現在正統とされる4つの法学派が成立し、体系化されていった。
神学はやや遅れて発展する。他宗教思想と接触する中で、抽象的な教義の問題が議論されるようになった。これに応じて、8世紀頃からムゥタズィラ派に代表される神学的議論が活発化し、9〜10世紀にはアシュアリー派やマートゥリーディー派という、現在正統とされる2つのスンナ派神学が確立された。
法学と神学は8〜10世紀にかけて徐々に分化した。初期は同一の学者が法学と神学の両方に関与することも多かったが、その後それぞれ独自の分野として区別されるようになった。ただし完全に独立したわけではなく、両者は常に相互依存的な関係にある。このように、神学と法学は分離しつつも切り離されることのない、緊張と補完の関係を維持して発展してきたのである。
主な神学派
正統とされるのは、アシュアリー派とマートゥリーディー派。両者ともスンナ派神学。
- ムゥタズィラ派
- アシュアリー派
- マートゥリーディー派
法学派
正統とされるのは、下の4学派。
- ハナフィー派
- マーリク派
- シャイフィイー派
- ハンバル派
ムワッヒド派
ハンバル派に端を発し、純粋な一神教の教義を説く。
いわゆるワッハーブ派は、唯一信仰者を意味するムワッヒドを自称している。
シーア派
指導者は、アリーとその子孫のみに限るべきとする立場。
シーア派は、アリーの子孫のうち誰がイマームにふさわしいかをめぐって分裂してきた。
主な分派
以下のとおりです。
- ザイド派
- 十二イマーム派
- アレヴィー派
- イスマーイール派
- ニザール派
- ドゥルーズ派
- アラウィー派
- イフティラフ派
- カルマト派
- ハフィジ派
ハワーリジュ派
指導者は、これに相応しい人物であれば血統的な出自を問わないとする立場。
アリーとムアーウィヤの仲裁を拒否したムハッキマというイスラム教徒の名前をとって、ムハッキマ派と呼ぶのが適切だと主張されることもある。
ハワーリジュ派に属する主な宗派は以下のとおり。
- イバード派
- アズラク派
- ナジュダ派
- スフラ派
その他
ムワッラド派
ムワッラドは、イスラム教に改宗した元キリスト教徒を指す。
イベリア半島に多い。
おわりに
各々の詳細については、徐々に更新していこうと思う。
本稿を通して、複雑な宗派構造の背後にある共通の理念や歴史的背景を理解する一助となれば幸いである。
そのうえで、現在のイスラム世界を巡る情勢を何とか理解できれば良いと考える。

