はじめに
Crusader Kings III(CK3)で歴史の波に乗りたいプレイヤーにとって、セルジューク王朝は非常に魅力的な選択肢の一つです。
このページでは、867年・1066年シナリオの両方におけるセルジューク家の登場条件、勢力としての初期配置・宗教・政治状況、そして史実におけるセルジューク朝の興隆と滅亡までを解説します。セルジューク家で遊んでみたい方や、中東史・イスラーム史が好きな方に、「セルジュークとは何か」を深く知る手助けになる内容です。
1066年シナリオにおけるセルジューク家
オグズ王朝に属します。オグズ家を本家とする王朝における、分家というわけです。
1066年シナリオにおける、オグズ王朝のデータは以下の通りです。
家の名称 | 本家/分家 | 成立年 | 存命中の一門 | ランク |
オグズ家 | 本家 | 830 | 0 | ー |
イナルティギン | 分家 | 860 | 0 | ー |
イル=アルスラーン | 分家 | 880 | 0 | ー |
キニク | 分家 | 935 | 0 | ー |
セルジューク | 分家 | 960 | 41 | 帝国 |
オグズ王朝はセルジューク家のみ残存している状態ですね。
宗教はイスラム教マートゥリーディー学派です。
ゲーム開始時点でビザンツ帝国と戦争中です。
867年シナリオにおけるセルジューク家
867年シナリオで開始した場合、初期設定でセルジューク朝の侵攻をONにしておくことで、900年代中頃に登場するようになります。
947年に登場したこともありました。
オグズ王朝の分家として登場しますが、従来オグズ王朝に属していた人物がセルジューク家を創設するとは限りません。ある年の1月1日に、40歳くらいの創始者がオグズ王朝に出現することもあります。その人物は両親とも不明であり、既に家系の後継者や配偶者を備えているというわけです。
セルジューク家登場時点で、本家や他の分家の人物が生存していることもあります。ただ、セルジューク家の当主が王朝の当主に選ばれていることでしょう。
また、必ずしも独立勢力としてセルジューク朝が登場するわけではありません。アッバース朝が肥大化していた場合、アッバース朝の封臣として登場した例を観測しています。

宗教はイスラム教アシュアリー学派となっています。主君の学派に沿った宗教になるのでしょう。
史実におけるセルジューク朝
歴史上、セルジューク朝は、中央政権の弱体化、後継者争い、ホラズム・シャー朝などの台頭、十字軍、モンゴルの侵攻などが複合的に影響して1194年に滅亡しました。小アジアに残ったルーム=セルジューク朝はモンゴルの侵攻後にイル=ハン国の属国となり、1308年に最後のスルタンが没したことで滅亡しました。
おわりに
セルジューク王朝は、その創設や拡大過程において「王朝の分家」「侵攻」「宗派の影響」など、CK3 のゲームシナリオで再現される要素が豊富で、多くの戦略的選択肢を提供してくれます。867年と1066年のシナリオ双方での初期条件を把握することで、セルジューク家を選ぶ際の長所・短所が見えてくるでしょう。
ゲームを通じてセルジューク家の歴史を体現したり、史実とは別の展開を追求したりするのも CK3 の楽しみです。他の王朝・勢力との比較記事や、「セルジューク家での生存戦略」など応用編も用意していますので、そちらも合わせて読んで、あなたのプレイがより充実することを願っています。